今回ご紹介するのは、座敷童子にまつわるお話です。東北地方には、座敷童子という子供の妖怪が家に住み着くとその家は大いに栄えるという伝承があります。実際、岩手県にはその妖怪が出ると言われる旅館もあり、大繁盛しているそうです。
マンション建設予定地の地相鑑定の依頼を受け、岩手県を訪れた時のことです。仕事を終えた後、依頼主の社長さんに連れられて、盛岡市内の料理屋さんでおもてなしを受けました。そこで色々とお話を伺っているうちに、その社長さんがふとこんな言葉を漏らしたのです。「そう言えば、私の知り合いの屋敷に、座敷童子が出るらしいんです。興味ありませんか?」お愛想で「面白そうですね」と応えたところ社長さんは真に受けてしまい、その場ですぐ話の当人に電話を掛けられました。唖然とする私の目の前で訪問の約束が取り付けられ、翌日、盛岡市の隣町にあるそのお屋敷に赴く羽目となったのでした。
そこはまるで時代劇に出てくる名主屋敷のような、古びた日本家屋の豪邸でした。実際、江戸の頃から続く豪農の本家だそうで、出迎えてくれたご当主もとても品の良い壮年男性でした。「失礼ですが昨晩、電話をもらった時は正直、迷惑にしか思いませんでした。でも有名な霊能者の先生だとお聞きして、逆にぜひ見ていただきたいと思いまして」それはどういうことですかと訊ねると、「最近、私の事業が上手くいかないんですよ。それで、もしかしたら座敷童子が出て行っちゃったんじゃないか、と不安になりまして」。屋敷内で座敷童子が目撃されるようになったのは江戸時代末期の頃からだそうで、代々の当主はそれを大切にお祀りして専用の仏壇まであるとのこと。しかしそれまで年に一度か二度は、家人の誰かが必ずその姿を見ていたのが、ここ三年ほどぱったりと現れなくなった。すると急に事業の方も傾き始め。不動産、飲食店経営、建設業と手広くやっていたどれもこれもが、瞬く間に赤字転落してしまったと言うのです。
ご当主の話を聞いた後、広大な屋敷内の部屋をひとつひとつ見て回ることになりました。言われた通り、仏間はふたつありました。しかし先祖代々を祀る大仏壇が置かれた部屋、座敷童子を祀る小さな仏壇のある六畳間、そのいずれにもそれらしき姿は見受けられませんでした。やがて屋内をほぼ探し尽くした頃、突発的な事態が生じました。同行していた社長が急に廊下へ膝を突き、胸を押さえて苦しみ出したのです。明らかに心筋梗塞の発作でした。すぐに救急車を呼んで搬送されたのですが、その間に私はとんでもない物を見てしまいました。さんざん探しても見つけられなかった座敷童子が、担架で運ばれる社長の腹に乗ってニタニタと笑っていたのです。いえ、正確には座敷童子ではなく、五歳児ほどの背丈しかない醜怪な形相の老人でした。取り憑いた一族に新たな死者が出ると、それと引き替えに数年間の繁栄を与える特殊な魔物です。それに霊魂を喰われてしまうと輪廻転生の道から外れ、最下層の地獄で永遠に苦しむことになります。
幸いにも一命を取り留めた社長を見舞った際、「今後は絶対、あの屋敷へ近づいてはいけません」とご忠告申し上げました。「どうしてですか」と訊かれましたが、答えようがありませんでした。
<<一覧にもどる