都内23区の中でも、最もお洒落で垢抜けた場所として知られるM区。その地に建つマンションの屋上に設置された防犯カメラの映像に、謎の人影が映り込み始め……
企業や個人を相手に投資コンサルタントをしている某氏を通じて、私にお祓いの依頼が舞い込んできたのは今年六月のこと。概容を聞くと、高級賃貸マンションの屋上に夜な夜な謎の人影が現れるとか。屋上はマンション住民に開放されておらず、そこへ通じるドアの鍵も管理人しか持っていない。また建物自体への入場セキュリティが厳しいので、外部の人間が侵入しているということも考えにくい。とにかくおかしな噂が立つ前に何とかしてほしい、とのことでした。
後日、そのマンションを訪ねたところ、約束通り管理人室で一人の男性が待っていました。その人は建物を保有する会社の課長職にある人でした。「まずはこれをご覧になってください」課長はノートパソコンを開き、屋上に設置された防犯カメラの映像を私に見せてくれました。記録されている時刻は午前一時過ぎ。一瞬、画像全体が激しく乱れたかと思うと、画面の端からうつむいた女の影が現れました。ドレッシーなスカートスーツに肩の下まで伸ばしたロングヘアー。周囲が暗い上にカメラから距離があるので容貌までは判別できませんでしたが、体型や雰囲気からしてまだわりと若い年齢のようでした。その女はゆっくりとした足取りで屋上の敷地を横切り、やがて手摺り際まで行くと何のためらいもなくそれを越えて頭から地上へ落ちていきました。「ここ半年以上、ほとんど毎日同じ時刻にこの映像が映るんです。前の管理人はこれを見るのが嫌でとうとう辞めてしまいました」「この屋上を含めたマンション内のどこかで、過去に投身自殺はありましたか」「いいえ、一件もありません。建ってからずっとうちが管理している物件ですから、その点は断言できます」 「それにしてもいくら気味が悪いからって仕事を棒に振るなんて、その方も思い切りましたね」「それがね、画面を横切るだけじゃなくて、たまに正面を向くこともあるんですよ」そう言うと課長は、別の動画ファイルを開きました。そこには横切る途中で急に向きを変えて、カメラへ近づく同じ女の映像が映っていました。やがて半分崩れた凄まじい形相が画面全体に溢れ返り、レンズを越しに何事か呟きました。課長が思わず目を背ける傍らで、そのちぎれかけた唇の動きを注視したところ、女の霊は「ドコニモイナイ」と言っているようでした。
その後、実際に屋上へ上がり、霊が横切るコースをたどってみました。柵を越えて落ちていくのは建物の北東側。彼女は自殺を繰り返しているのではなく、この北東側にある何階かの部屋に住む誰かを探しているものと思われました。探す動機が恨みなのか、また恋情なのかは判別できませんでした。恐らく探している相手はすでにこのマンションには住んでいないのでしょう。だから毎晩出るのです。入念にお祓いをしたので現在、この怪現象は止んでいますが、かなり念の強い霊だったのでまだ油断はできません。今度は個々の部屋に直接現れる可能性があります。
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