ベランダから見える向かいのマンションの一室。その窓辺でいつも外を見ている少女がいた。ある日、その少女と目が合い、何気なく手を振ると向こうも笑顔を浮かべ、建物の横手を走る国道を指差した。
これは知人男性が半年前に体験した出来事です。
当時、彼は都内K区内の、JRの駅近くにあるマンションに引っ越したばかりでした。離婚して間もなくの独り暮らしで、寂しさを紛らわすために飲み歩くことが多く、自宅に戻るのはたいてい深夜近く。休日はほとんど部屋に篭もりきりだったため、住み始めて一ヶ月以上経っても住まいの近所のことはほとんど知らないままでした。
その土曜日、いつものように昼近くに起床。にわかに思い立って洗濯を始め、洗い上がった衣類をベランダに干していると、狭い道を隔てた隣のマンションに目が行きました。彼が住む八階と同じ高さにある角部屋の窓。そこから半身を乗り出すように外を眺めている、小学校低学年くらいの年頃の少女の姿が見えたのです。遠目にも整った顔形が分かる、まるで人形のように可愛い少女だったそうです。ふと離婚した元妻に引き取られた一人娘のことを思い出して、彼はしんみりとした気持ちになりました。洗濯物を干し終えると休肝日の掟を破って冷蔵庫のビールに手を付け、夜まで飲み続けてその日は就寝してしまいました。
そして翌日の日曜日、目が覚めてからベランダに出ると、向かいの窓辺に昨日と同じ少女の姿が見えました。「いったい何を見ているんだろう?」その視線の先にあるのは、昼夜を問わず交通量の多い四車線の国道。騒音と排気ガスまみれの殺風景な道路など眺めて何が面白いのか?天気が良いのだから、外の公園にでも遊びに行けば良いのに。そんなことをぼんやりと考えていると、少女の顔がゆっくりと向き直りました。ベランダでタバコをふかしていた彼は、相手と目が合って無意識に手を振ったそうです。すると少女も笑顔を浮かべながら手を振り返してきたのですが、視線はすぐ元の方向へ戻り、愛らしい笑顔がいっそう輝いたように見えました。
「その子、急に見て見てといわんばかりの表情で国道の方を指差してきたんですよ。そうしたらほぼ同時に急ブレーキの音と凄まじい衝突音が聞こえてきて、何事かと驚きました」。間もなく救急車のサイレンまで響き渡り、彼は部屋を飛び出して国道沿いへ出ました。すると交差点付近に人だかりができており、その先の路上には事故で大破した二台の乗用車が停まっていたそうです。「一方が信号無視で直進しての側面衝突です。ぶつけられた方の運転手が血みどろになって、救急車に運ばれていました。テレビのニュースでは報道されなかったんで、死んだかどうかは分かりません」「それで女の子は?」「部屋に帰った時には、その窓もカーテンもピッタリ閉まっていました」。
彼の話を聞き終えた後、できるだけ早く引っ越した方が良いと助言しました。当人には告げませんでしたが、じつは以前、女の子の霊が出る建物のお祓いを頼まれたことがあり、その所在地がまさにこの男性が住むマンションの隣だったからです。
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